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2011年ラオス国訪問
金城 渚
金城 福則
2002年からわれわれがセタティラート病院へ内視鏡後術移転を行ってきたことは“国際貢献・消化器内視鏡技術移転”で紹介しました。2011年2月に同病院を訪問しましたので報告します。
今回の訪問の目的は、3つありました。
第一は、セタティラート病院へ消化器内視鏡認定施設として琉球大学医学部付属病院より施設認定証を授与し、3名の内視鏡医(Dr Oukeo KHOUNTHALYVONG、Dr Khamkeuth KEOMOUNMANY、Dr Phayvanh KEOPASEUTH)へ消化器内視鏡認定証を授与。同じく3名の内視鏡看護師(Mrs Khamla SIOUDOM、Mrs Pathoumvanth LOUANGLATH、Miss Manivanh VONGPHOUTHONE)へ消化器内視鏡業務協力に対し感謝状を授与することでした。
第二にラオス南部チャンパサック県(パクセー)チャンパサック病院の内視鏡部門を視察することです。
第三の目的はセタティラート病院内視鏡部門の新たな内視鏡機器の作動状況確認と内視鏡技術の評価チェックを行うことでした。
写真左は、認定証を金城福則が読み上げDrウケオがラオス語訳を行い、カンペ院長へ施設認定証を授与しているところです。写真右は看護師もそろっての記念写真です。
2003年時点ですでにセタティラート病院内視鏡部門教育要綱を打ち出し内視鏡部門独自に設定していました。教育要綱はL-J SHIPおよびセタティラート病院へ報告し公認していただきました。日本語、英語、ラオス語で表記し共通認識の下、目標ゴールを定めていたのです。
教育要綱の一部を紹介します。項目11.研修者は、セタティラート病院および関連施設において上部消化管内視鏡検査数を 1,000例以上、全大腸内視鏡検査を 250例以上経験することを目標とする。項目12.十分な症例を経験した者は、研修医の指導と内視鏡技師の養成に努め、更に自らもより高度な水準の診療技術を目指して、診療および研究活動を行うものとすると記載されています。
各内視鏡医の実績は、上部消化管内視鏡検査は1500件以上、下部消化管内視鏡検査300件以上行っていました。年間内視鏡検査総数はラオスの他施設と比較しても遜色なく行われていました。検査のみならず内視鏡的止血術(クリッピング、エタノール局注)、異物除去術、食道静脈瘤結紮術、ポリープ切除術などの治療内視鏡の実績もあります。研究分野ではヴィエンチャン近郊の内科・外科・内視鏡医の学術集会でラオススタッフ自ら臨床実績の発表が何度か行われていました。内視鏡認定に十分値すると考えられました。
授与式はハレの日であり、正装ネクタイ・スーツ姿でした。彼らと接し10年以上になりますが初めて目にする光景でした。医師・看護師とも少し緊張していたようです。式典が終わり内視鏡スタッフのほっとした表情とその後の記念撮影での“ドヤ”顔で晴れ晴れとし誇らしげな顔が対照的でした。 授与式の様子は地元の新聞Vientiane Times と Vientiane mai newspaper(写真)に掲載され、ラオス国営テレビの取材もありニュース番組で取り上げられました。
セタティラート病院内視鏡部門では2002年度に電子内視鏡を導入しました。大切に使用してきた内視鏡も老朽化が目立ち、ついに修理不能な機器が出たようです。内視鏡スタッフ自身が病院側と粘り強く交渉し、リースではありますが新機種更新に至ったようです。
機種は、オリンパス社製のActeraシステム(CV-150, GIF Q150, CF Q150I)を導入していました。
ところが、内視鏡機器を仲介している業者は、段ボール箱を搬入したのみで、セッティングも行わずさっさと帰ってしまったようです。スタッフは自分たちで接続可能(モニター、プリンター、PCへの画像転送の配線)だと言っていましたが、電源を入れても画像転送どころかモニターも映らなくなっていたのです。ラオスでは日本のようなメーカー技術者や代理店のバックアップ体制が貧弱であり、内視鏡を本当に扱ったことがあるのか疑わしい会社もかつて経験しこともあり、嫌な予感がしました。
機種更新を宣伝していた為か数人の患者さんが朝から内視鏡検査で新しい機械の出番を待っていました。
滞在最終日であり気が焦る中、配線を一本一本確認し、信号入力・出力で各機器を循環するよう幾通りも配線の差し替え作業を行い、2時間以上経過したとき突然モニターが映し出され画像転送に成功しました。感激の握手を求められたときです。(写真左)われわれもほっと一安心しました。今後も内視鏡画像と内視鏡データを送り続けてくれることと思います
今回のラオス訪問で気づいた点をいくつか挙げます。 ヴィエンチャンに到着したのが20:00頃でした。飛行機から見る市内は以前より街路灯が煌々ときらめき、街全体が明るくなっていました。夜間街中を車で走らせると、ずいぶんと明るくなったと感じました。2002年から2004年の長期滞在時には、電力事情が悪く停電が頻発していました。内視鏡検査中、何度も電気が消えたり点いたりを繰り返しヒヤヒヤした記憶が懐かしく思えます。
建設ラッシュで新しい建物が多く建てられていました。大きな建造物は中国の建築会社施工が目立ちます。常宿にしているホテルの前の風景が全く変わって驚きました。写真上段のように数年前には子供たちが裸足でサーカーをしていた野原が数件のホテル(写真下段)が立ち並ぶようになっていました。電線の本数も増え通信網の整備も進んでいるようでした。
自動車、バイクの絶対数が明らかに増えていました。 以前はTOYOTA、日産、三菱等の四輪駆動車が主でしたが、今回は日本車、韓国車、ヨーロッパ車の中小型自動車も増加している印象でした(写真上段)。道路事情も良くなってきたためと思われました。ちなみにDr ウケオは、エアコンなしのボロボロの車からぴかぴかの四輪駆動車に乗り換えていました。 写真下段:信号機の無い交差点では、警官が交通整理をしていた。特に朝夕のラッシュ時には手信号でせっせと誘導していました。以前はポリスボックスに入ったままで、ほとんど仕事をしていなかったと覚えています。
ATMの増設が進み、街中でも至るところに設置されていました。セタティラート病院でも給与は現金支給から銀行への給与振り込みをATMでお金を引き出すようになったと言っていました。そのせいでしょうか(写真左)2008年の病院前には1台のATMしかなかったのが、今回は数行の銀行のATM(写真右)が設置されていました。
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