ホームページ
サイトマップ
琉球大学医学部第一内科
第一内科紹介
卒後臨床研修
グループ紹介
診療内容
研究内容・国際貢献
学会・研究会
リンク
三好和義氏
卒後臨床研修 学生さんへ
チーム医療の確立
学生さんへ
学生さんへ no,2
感染症を学ぶ
感染症を学ぶ事の意義
鉄は熱いうちに打て
第一内科での研修風景
剖検の意義 01
剖検の意義 02
研修医に送る言葉
新臨床研修医制度
後期臨床研修について(研修関連施設)
専門研修
専門医・指導医・認定医
沖縄に研修医が集まる理由
卒後臨床研修を行う病院を探している学生さんへ “RyuMICのすすめ”
藤田次郎教授
平成17年7月7日
卒後臨床研修制度の必修化により、多くの学生さんは、少しでもよい臨床研修を実施するための病院選びに苦労されていることと存じます。参考になるかどうかわかりませんが、私の学生時代の過ごし方、および研修経験についてお話したいと存じます。
私たちの受験時代は医学部ブームであり、母校の香川県立高松高校からは一度に16名が、岡山大学医学部に入学しました。このように大学入学と同時に多数の友人がいたこともあり、教養時代は当然のことのように遊びほうけていました。ただし高松高校出身者が多かったこと、またお互い仲がよかったこともあり、教養時代の試験は同級生のネットワークを利用して情報を集め、なんとか1つも落とさずにすり抜けることができました。1つ危なかったのは体育の出席点であり、これは卒業してからもしばらく夢に出てきました。寝過ごして体育の授業に出席することができなかったのです。またバスケットボール部に所属していましたので、練習に疲れていたこともあります。
夜もよく遊びましたが、なんせ時間がたっぷりありましたので沢山の本を読みました。文学も多く読みましたが、本だけ残って中味は何も覚えていません。また医学関連の本、自己啓発本、ファッション雑誌、あるいは車雑誌などもいろいろ読んでいました。教養時代に沢山読んだ本の中に、柳田国男著の「がん回廊の明日」という本を読んで感激し、将来東京の国立がんセンターで仕事をしたいと夢見るようになりました。
さて岡山大学医学部の進学課程に移ると解剖も始まり、しっかり勉強しなければと思うようになってきました。また国立がんセンターに就職するにはどうしたらよいかと考え、レジデント募集案内を取り寄せました。そこで国立がんセンターのレジデントになるためには、どこかの病院で2年間の研修を実施しておく必要があることを知り、4年生の頃は、国立がんセンターのレジデントに応募する前の2年間を過ごす研修病院を探すようになりました。いろいろ調べると、日本の病院で卒後臨床研修をしっかり取り組んでいるのは、虎の門病院、聖路加国際病院、沖縄県立中部病院、三井記念病院、国立病院医療センター(現在の国立国際医療センター)、神戸中央市民病院、および天理よろず病院などであるとの情報を仕入れました。聖路加国際病院、徳州会八尾病院(大阪)、および香川県立中央病院などには夏休みを利用して見学に行き、またいろいろ考えた挙句、虎の門病院と、国立病院医療センターを受験することにしました。このように目標が決定したことから、大学4年生、5年生、および6年生の3年間はよく勉強した方だと思います。ただし苦労したのは、卒業試験の最中に、研修病院の試験があったために、東京への行き帰りの交通機関の中で、皮膚科や眼科の複雑な病名を覚えるのに苦労しました。おそらく今の学生さんもこのような状況ではないかと想像します。
幸い、虎の門病院、および国立病院医療センターの両者に合格し、最終的に虎の門病院のレジデントとして働くことになりました。多くの卒業生が、国家試験が終了し、2ヶ月の海外旅行に出かける中、大慌てで引越しの準備をし、東京に上京し、国家試験終了後1週間以内には虎の門病院でのオリエンテーションが始まっていました。2年間のレジデント生活は苦労が多かったですが、私の臨床経験としての大きな土台になっています。その後、憧れの国立がんセンターのレジデントの試験にも合格し、さらに留学の機会にも恵まれました。
虎の門病院レジデント時代の写真(次の写真)が看護師さん募集の広告(雑誌ナース専科に掲載)に使用された。
恥ずかしながら虎の門病院レジデント時代の写真。患者さんは事務の方。
ここで私が岡山大学医学部での研修を選択せず、大学外での臨床研修を目指した理由をお話したいと存じます。まず私の母親が内科、小児科の開業医であったこと、また外科系であれば徒弟制度的なものがあるものの、内科であれば一晩、一生懸命勉強すれば、特定の分野についてはエキスパートになれるということに快感を覚えたことから、私自身は内科医を目指していました。当時の岡山大学は伝統のある大学であったこともあり、中四国の主要な病院を関連病院として有していました。その点ではそのような人事を有する大学を離れて一匹狼になることは、きわめて危険なことであることを後から感じました(卒業当時は全く意識しなかった)。ただし第一内科、第二内科、および第三内科間の壁が厚かったことから十分な研修ができないのではないかと感じたことから、学外での病院での臨床研修を選択したのです。
さて時代が変わり、卒後臨床研修の必修化が始まり、ほとんどの学生さんが、私が25年前に経験したのと同じことを体験するようになりました。加えてマッチングシステムの導入により、臨床研修指定病院そのものが医学生から自由に選択される時代が到来し、研修医獲得競争が激しくなるとともに、病院における勝ち組、負け組みが明確になってきました。このような急激な変革により多くの学生さんは大学外での研修を求め、彷徨っている状況ではないかと想像いたします。
25年前にこのような時代が到来することは想像もできませんでしたが、卒後臨床研修を選択する病院に関して、25年も前に虎の門病院での卒後臨床研修を行った私の意見を述べたいと思います。私は多くの病院の内情を知っていますが、あまたある卒後臨床研修指定病院の大半は必修化に伴って参入したものであり、そのほとんどは学生さんを受け入れる準備も全くしていなかったと考えます。すなわち確立したシステムを有し、学生さんを受け入れる体制ができていたのはごく一部の病院のみで、出身大学を離れて研修の場を求めた多くの学生さんが、十分な研修を受けることができないという不満を有していたり、また過重な労働を強いられたりしているのではないでしょうか。その意味では、一部の病院を除き、学外の病院で研修することは様々な危険が伴うと思います。その点、大学病院は過去、何十年に渡る研修指導の歴史を有しています。大学病院がローテーションを始めた現在、私は大学病院以上に優れた卒後臨床研修病院は日本全国を探してもきわめて少ないと考えています。
もし25年前に、岡山大学医学部に内科ローテーションのシステムがあったなら、私は虎の門病院の内科レジデントにならなかったと思います。国立がんセンターへの思いはありましたので、岡山大学の第二内科(呼吸器内科を含む)に入局し、2年後に国立がんセンターにレジデントとして行きたいとの希望をしたように思います。
むしろ大学病院は、指導医も多く、かつ多くの学会の認定施設であり、設備にも恵まれています。もう1度、冷静な眼でながめていただき、大学病院での卒後臨床研修を考えていただければと存じます。大学病院以上に、設備の充実し、かつスタッフに恵まれる病院は、日本にはほとんどないといっても過言ではありません。青い鳥を探して、失敗してはなりません。
琉球大学医学部附属病院にはRyuMICという研修システムがありますので、是非そのホームページもご参照いただければと存じます。もちろん沖縄県には、前に述べた沖縄県立中部病院、および宮城征四郎先生がリーダーシップをとられている臨床研修病院群プロジェクト 群星沖縄など、すぐれた卒後臨床研修を実施している病院、または病院群があります。これらとも切磋琢磨し、かつ協力しながら、我々はこのRyuMICをさらに充実させるよう努力していきたいと考えていますので、是非RyuMICに参加していただければと存じます。
ホームページにもどる
このページのトップへ